2005年 ニュース一覧
| 2005年12月30日 | 庇護希望者を暖めるクリスマスの灯り |
| 2005年12月29日 | ブラッド・ピット寄贈の医療ベッド、イスラマバードの病院へ |
| 2005年12月28日 | 津波後の仮設住宅にて |
| 2005年12月26日 | 食糧供給の割当て削減、ザンビア難民に打撃を与える恐れ |
| 2005年12月22日 | UNHCR、スリランカでの津波被災者に対する仮の住居建設を完了 |
| 2005年12月20日 | スーダン南部への帰還、始まる |
| 2005年12月19日 | ソマリア:津波後の復興、救済から開発へ |
| 2005年12月16日 | ことし最後のアフガニスタンへの帰還 |
| 2005年12月15日 | パキスタン:被災者自身がつくったキャンプを探して |
| 2005年12月14日 | スーダン難民の帰還始まる |
| 2005年12月13日 | 南スーダンに住むコンゴ難民、帰還への準備 |
| 2005年12月12日 | UNHCR、パキスタン地震被災地で防寒具の配布を強化 |
| 2005年12月9日 | ディンカ族、150万匹の家畜と共に故郷のスーダン南部に向かう |
| 2005年12月8日 | ブエノスアイレスで生活の瀬戸際から生還 |
| 2005年12月7日 | どのようにダルフール出身の男性の庇護申請は今日のヨーロッパで無視されたのか |
| 2005年12月6日 | ポーランドからさらに西へ向かうチェチェン人庇護希望者念 |
| 2005年12月3日 | UNHCR、難民庇護手続きに関するEUの新指針を懸念 |
| 2005年12月2日 | ベルギー政府提供による浮桟橋、コンゴ難民の帰還を促進 |
| 2005年12月1日 | エイズ予防:難民、地域住民をともに対象としたアプローチを提唱 |
| 2005年11月30日 | 半生にわたる避難生活の後、いよいよスーダン南部の故郷へ |
| 2005年11月29日 | アンジェリーナ・ジョリー親善大使、パキスタンへのさらなる支援を訴える |
| 2005年11月28日 | グテーレス高等弁務官とアンジェリーナ・ジョリーUNHCR親善大使、パキスタン地震被災地を訪れ今後の支援を約束 |
| 2005年11月25日 | アンジェリーナ・ジョリー親善大使、地震被災者と難民の支援活動を視察 |
| 2005年11月24日 | アフガンへの難民帰還、新しい段階へ |
| 2005年11月23日 | スリランカ:避難所5万8000戸の目標に到達 |
| 2005年11月22日 | ボスニア:デイトン和平協定からの10年 |
| 2005年11月21日 | NATOとUNHCR、103回にわたるトルコからの共同空輸を終える |
| 2005年11月18日 | パキスタン:救済キャンプでの生活向上の支援 |
| 2005年11月17日 | 「国際寛容デー」:グテーレス高等弁務官のメッセージ |
| 2005年11月16日 | 紛争の急増によりコロンビア人がエクアドルに脱出 |
| 2005年11月15日 | ルワンダのコンゴ難民キャンプ:エネルギー節約の試み |
| 2005年11月14日 | コンゴ難民、UNHCRの帰還プログラムにより船で南キブへ帰還 |
| 2005年11月11日 | キャンプの治安悪化に伴いイラン系クルド難民の移送が開始される |
| 2005年11月10日 | グテーレス高等弁務官、難民の社会統合へのブラジルの努力を称賛 |
| 2005年11月9日 | 辺境の峡谷を離れるパキスタン地震被災者 |
| 2005年11月8日 | 帰還を考えている難民、スーダン南部を視察 |
| 2005年11月7日 | NATOとUNHCRの共同空輸、冬に備えて継続が決まる |
| 2005年11月2日 | 虐待を受けた女性、ハンガリーで難民地位を受ける |
| 2005年10月31日 | 財政危機が脅かすブルンジ難民の帰還への希望 |
| 2005年10月28日 | パキスタンの地震被災者キャンプ、水と教育サービスが始まる |
| 2005年10月27日 | 副高等弁務官、パキスタンの寛大な難民政策へ報いる時期、とコメント |
| 2005年10月26日 | 高等弁務官、ダルフール地方の状況が非常に悪化していると語る |
| 2005年10月25日 | パキスタン北部: 家を失った人々、テントに安堵 |
| 2005年10月24日 | UNHCRとNATOの共同空輸、順調にすすむ |
| 2005年10月21日 | 「無国籍者」に関する新しいハンドブック、1100万人の“忘れられた”人々と紹介 |
| 2005年10月20日 | NATO第一便、UNHCRの救援物資をトルコから空輸 |
| 2005年10月19日 | NATOがUNHCRの空輸を支援--緊急に必要なテントをパキスタンへ |
| 2005年10月18日 | UNHCRの援助物資、空と陸からパキスタンへ到着 |
| 2005年10月17日 | パキスタン:地震被災者への物資の空輸、進行中 |
| 2005年10月14日 | テントとヘリコプターがパキスタン北部で必要 |
| 2005年10月14日 | アンジェリーナ・ジョリーUNHCR親善大使に世界人道活動賞 |
| 2005年10月13日 | UNHCR職員、カシミールの惨状に衝撃を受ける。物資空輸を計画 |
| 2005年10月12日 | UNHCR、緊急援助物資を被災地へ |
| 2005年10月11日 | UNHCR、パキスタン大地震の被災者を緊急援助 |
| 2005年10月7日 | アナン事務総長、UNHCRの国内避難民支援を支持 |
| 2005年10月6日 | 難民保護は、選択肢ではなく義務 |
| 2005年10月5日 | 増加する中央アフリカ共和国難民 |
| 2005年10月4日 | グテーレス難民高等弁務官、不寛容さに抗し難民庇護を維持するよう協調を求める |
| 2005年10月3日 | ダルフール避難民キャンプ攻撃、死者数増加 |
| 2005年9月30日 | ダルフール難民キャンプで、29人殺害 |
| 2005年9月29日 | アンゴラ難民の帰還事業、最終段階に |
| 2005年9月28日 | UNHCR、イラク人の帰還に関する助言的文書を更新 |
| 2005年9月27日 | 少年として生きることを強いられたアフガン人少女の新しい人生の始まり |
| 2005年9月26日 | UNHCR、モンタニャード系難民のベトナムへの帰還に同行 |
| 2005年9月23日 | 2005年のアフガン帰還民、40万人を超える |
| 2005年9月22日 | バングラデシュ、厳しい条件の下で暮らすロヒンギャ難民 |
| 2005年9月21日 | 中央アフリカ共和国から、本国へ帰還するチャド難民 |
| 2005年9月20日 | チャド南部:救出された難民の新たな希望 |
| 2005年9月19日 | チャド南部でカヌーによる難民の避難が開始 |
| 2005年9月16日 | エチオピア:サーカスが生み出す地雷の意識向上のきっかけ |
| 2005年9月15日 | UNHCRとWFP、共同資金要請―アフリカ難民に食糧を! |
| 2005年9月14日 | 孤立状態に陥ったチャド南部の難民2000人と初めての接触 |
| 2005年9月13日 | 10月15日に始まる南キブへの帰還開始 |
| 2005年9月12日 | グテーレス高等弁務官がアデン湾でのソマリア人の海難事故防止を懇願 |
| 2005年9月8日 | チャド南部:支援活動を妨げる雨 |
| 2005年9月7日 | 先進諸国における2005年度第2四半期の難民・庇護希望者の統計発表 |
| 2005年9月6日 | モニタリング訪問でモンタニャード族帰還民に対する十分な支援が明らかに |
| 2005年9月5日 | アフガニスタン、1951年難民条約に加入 |
| 2005年9月2日 | 織物業を生業とするアフガン難民トルクメン族の帰還 |
| 2005年9月1日 | 雨季のため、故郷へ耕作に帰る避難民 |
| 2005年8月31日 | グテーレス高等弁務官、雨季終了後にスーダン南部への帰還支援を約束 |
| 2005年8月30日 | 高等弁務官、スーダン南部の基本的ニーズを満たすため、一層の支援を呼びかける |
| 2005年8月29日 | UNHCR、中央アフリカ難民800人以上をチャドのキャンプへ移送 |
| 2005年8月26日 | グテーレス高等弁務官:チャドに謝意を表し、スーダンに和平協定を求める |
| 2005年8月25日 | グテーレス高等弁務官:「誰もみなさんを強制的に帰還させない」 |
| 2005年8月24日 | アフガン難民、パキスタンの部族地域からの帰還に弾み |
| 2005年8月23日 | 網を広くはってブルンジ帰還民の地域を助ける |
| 2005年8月22日 | 中央アフリカ共和国からチャドへ新たな難民が避難 |
| 2005年8月19日 | コートジボワール難民のキャンプで生きる知恵 |
| 2005年8月18日 | 2年ぶりに再開、ソマリア難民のケニアからの帰還 |
| 2005年8月17日 | 一時滞在キャンプにおける大虐殺の生存者、一周年追悼式典に参加 |
| 2005年8月16日 | 川沿いにつづく見捨てられた町々 |
| 2005年8月15日 | ブルンジへの帰還民増加 |
| 2005年8月12日 | アフガン帰還民:橋の下へ水を流すために |
| 2005年8月11日 | 1万人以上のタジク難民、トルクメニスタンの市民となる |
| 2005年8月10日 | アフリカの心臓部:交差する難民たち |
| 2005年8月 9日 | ザンビアに届けられた本 |
| 2005年8月 8日 | クロアチア、10年の歳月を経て帰還 |
| 2005年8月 5日 | UNHCRのトーゴ難民への支援、資金不足に悩む |
| 2005年8月 4日 | キルギスタンに収容されているウズベク庇護希望者15人への懸念 |
| 2005年8月 3日 | コンゴ民主共和国:難民キャンプ外で生活していた難民、初めての帰還 |
| 2005年8月 2日 | パキスタンからアフガニスタンへ帰還 |
| 2005年8月 2日 | チャド、新たな中央アフリカ共和国難民の流入を報告 |
| 2005年8月 1日 | ウズベク難民、ルーマニアに到着 |
| 2005年7月29日 | キルギスタンからルーマニアへ、ウズベク難民の空路移送の準備整う |
| 2005年7月28日 | UNHCR、ウズベク軍より難民の身柄引き渡し要求を受け、難民をキルギスの首都へ移送 |
| 2005年7月27日 | ザンビア・イニシアチブ、ザンビア北西部にも拡大 |
| 2005年7月26日 | UNHCRチーム、リベリアへの難民の帰還にあたり難題に直面 |
| 2005年7月25日 | 「難民とテロリストを混同してはならない」とグテーレス難民高等弁務官 |
| 2005年7月22日 | パキスタンからのアフガン難民の帰還250万人を突破 |
| 2005年7月21日 | 帰還が選択肢にない場合:ギニアでの現地定住 |
| 2005年7月20日 | コートジボワール:増加するリベリア難民の帰還 |
| 2005年7月19日 | UNHCR、ネパールで地元の人々と難民の間の緊張緩和に尽力 |
| 2005年7月19日 | モジャーン高等弁務官補、UNHCRのエチオピア人への「最大の関心」を表明 |
| 2005年7月15日 | ネパールのブータン難民、進展のない状況に不満 |
| 2005年7月14日 | 1万人の中央アフリカ難民のうち第一陣がチャド南部のキャンプに到着 |
| 2005年7月13日 | カザフスタン:UNHCR、ウズベク人活動家の釈放を歓迎 |
| 2005年7月12日 | ウガンダ都市部の難民少女に成績優秀賞 |
| 2005年7月11日 | UNHCR、チャド南部にいる中央アフリカ共和国難民1万人の移送を開始 |
| 2005年7月 8日 | 同胞の帰還を心待ちにするリベリア帰還民 |
| 2005年7月 7日 | アイルランドで庇護希望者の写真展を開催 |
| 2005年7月 6日 | チャド南部、雨季が始まる前に難民の移送を急ぐ |
| 2005年7月 5日 | アフガン帰還民の家族、勉学への情熱も持ち帰る |
| 2005年7月 4日 | UNHCR、ウズベキスタン庇護希望者の緊急の第三国定住が必要と述べる |
| 2005年7月 1日 | 富士メガネ、アゼルバイジャンで援助を必要としている人々に尽力 |
| 2005年6月30日 | 難民キャンプ閉鎖で終わりに近づくエチオピア東部のUNHCRの事業 |
| 2005年6月29日 | UNHCR、チャド東部で地元の人々への支援事業を開始 |
| 2005年6月28日 | 高等弁務官補、キルギスを訪問し、ウズベク庇護希望者の保護に支援を申し出る |
| 2005年6月28日 | UNHCR、インドネシア・アチェ州で仮設住居の提供を再開 |
| 2005年6月27日 | UNHCR高官:ダルフールの避難民に対する支援にはバランスの取れたアプローチが必要 |
| 2005年6月24日 | UNHCRと国連人権高等弁務官、キルギスからのウズベク庇護希望者送還に反対 |
| 2005年6月23日 | 南アフリカのケープタウン、難民の能力に気が付き始める |
| 2005年6月22日 | グテーレス高等弁務官、スーダン南部の実質的な平和を求める |
| 2005年6月21日 | グテーレス高等弁務官、ウガンダで「世界難民の日」を祝う |
| 2005年6月20日 | UNHCR、2004年の年間統計を発表 |
| 2005年6月17日 | スーダン南部出身の難民、困難を乗り越えて故郷へ帰る |
| 2005年6月16日 | アントニオ・グテーレス新難民高等弁務官、職務を始める |
| 2005年6月15日 | UNHCR、ブルンジに自発的な意思に基づかない帰還を止めるよう促す |
| 2005年6月14日 | ブルンジ政府、ルワンダ難民を送還しブルンジの一時滞在センターは空に |
| 2005年6月13日 | 合意に反し、キルギス政府ウズベク避難民4人を送還 |
| 2005年6月10日 | 国を縦断して帰還するアフガン避難民 |
| 2005年6月 9日 | クリミア・タタール人が再び故郷に定着できるよう支援 |
| 2005年6月 8日 | 砂漠のヨルダンから真冬のスウェーデンへ−ある難民一家の話 |
| 2005年6月 7日 | チャド東部で木を育てる |
| 2005年6月 7日 | UNHCR、ウズベク人庇護希望者の、国境沿いキャンプからの移送を歓迎 |
| 2005年6月 6日 | キルギス政府、UNHCRにウズベク人庇護希望者の強制送還はしないと確言 |
| 2005年6月 3日 | 新難民高等弁務官、ジュネーブ本部でUNHCR職員に挨拶 |
| 2005年6月 2日 | UNHCR、今年すでにアフガン人10万人の帰還を援助 |
| 2005年6月 1日 | UNHCR、ソングレ一時滞在センターの状況とブルンジ政府の対応を憂慮 |
| 2005年5月31日 | コンゴ民主共和国のアンゴラ難民キャンプ、難民の帰還にともない閉鎖へ |
| 2005年5月30日 | 緒方氏、難民危機の解決に向け、より強い政治的な意志を求める |
| 2005年5月30日 | ベナンの首都にトーゴ難民数百人が到着 |
| 2005年5月27日 | アフリカ連合視察団、トーゴ難民はガーナで良い処遇を受けていると報告 |
| 2005年5月26日 | UNHCRの移動チーム、ダルフールで特に援助の必要な弱者を探す |
| 2005年5月25日 | 新難民高等弁務官、指名される |
| 2005年5月24日 | スーダン南部の学校再建 |
| 2005年5月23日 | 先進国における庇護申請件数、減少の一途 |
| 2005年5月20日 | インドへの帰化を求めるアフガン難民 |
| 2005年5月19日 | ハンガリーの難民庇護問題:危機は回避したが課題が浮上 |
| 2005年5月18日 | UNHCR、ウズベキスタンとキルギス政府に国境の開放を要請 |
| 2005年5月16日 | ブルンジからルワンダへ帰還するよう脅迫があったと報告 |
| 2005年5月13日 | ガーナの村の指導者がトーゴ難民に滞在場所を提供 |
| 2005年5月12日 | UNHCR、ブルンジ国境にいるルワンダ難民5000人を憂慮 |
| 2005年5月11日 | トーゴ難民数百人がガーナから帰還 |
| 2005年5月10日 | アンジェリーナ・ジョリーUNHCR親善大使、アフガン難民への支援を訴える |
| 2005年5月 9日 | トーゴ難民の流出、緩やかな増加に;援助関係者は難民の住居確保に追われる |
| 2005年5月 6日 | ケニアの集中豪雨で男児死亡、難民2万5000人が家を失う |
| 2005年5月 2日 | 「ブルンジの天使」、ナンセン賞を受賞 |
| 2005年4月28日 | UNHCR、トーゴ危機の平和的解決を求める |
| 2005年4月27日 | スーダン西部のダルフール地方で、難民の故郷が焼かれる |
| 2005年4月26日 | チェンバレン高等弁務官代行、スーダンとチャドでは安全確保と十分な資金が不可欠だと語る |
| 2005年4月25日 | 高等弁務官代行のスーダンおよびチャドの視察終了 |
| 2005年4月22日 | 宗教と地域社会が、アフガン帰還民のジェンダーに関する問題への取り組みで力を発揮 |
| 2005年4月21日 | 高等弁務官代行、絶望的な状況にいるダルフールの人々への国際的支援を要請 |
| 2005年4月20日 | 高等弁務官代行、スーダンの国内避難民キャンプを訪れ、スーダン政府に自国民の保護を要請 |
| 2005年4月19日 | 牧畜民のナイジェリア難民が帰還 |
| 2005年4月18日 | ボスニア・ヘルツェゴビナの国内避難民数が減少 |
| 2005年4月15日 | 将来への希望と不安の中、虐殺の犠牲者をしのぶコロンビアの先住民 |
| 2005年4月14日 | 変化するアフガン帰還民の人物像、それを反映するUNHCR職員 |
| 2005年4月13日 | リベリアの若者、性差に基づく暴力に立ち向かう活動を始める |
| 2005年4月12日 | UNHCR、スーダン難民の南部への帰還と生活再建の支援を国際社会に訴える |
| 2005年4月11日 | ノルウェー船に助けられた「タンパの少年たち」がニュージーランド市民に |
| 2005年4月 8日 | 難民1万5000人に帰還の道を開くコートジボワール和平 |
| 2005年4月 7日 | 第三国定住先での将来を考えるエリトリア難民 |
| 2005年4月 6日 | タンザニア、9か所あるブルンジ難民キャンプの1つを閉鎖へ |
| 2005年4月 5日 | コロンビア西部で数百人が危険な状態とUNHCRが警告 |
| 2005年4月 4日 | UNHCR、スーダン南部で新たな共同体事業を開始 |
| 2005年4月 1日 | ソマリアの砂漠にトゥクルを移築 |
| 2005年3月31日 | ベネズエラ都市部へ逃れるコロンビア人が急増中とUNHCR |
| 2005年3月30日 | UNHCR、EUの庇護申請手続きに関する指令に対してコメント |
| 2005年3月25日 | UNHCR、インドネシアの津波被災地での支援活動を終了 |
| 2005年3月24日 | アンゴラ難民帰還完了へ秒読み |
| 2005年3月23日 | 水へのアクセスは難民の基本的な権利とUNHCR |
| 2005年3月22日 | 新年を迎えるアフガニスタンに、新たな帰還と課題の兆し |
| 2005年3月21日 | UNHCR、ランペドゥーサ島から強制送還後、庇護希望者との接触と審査の透明性を求める |
| 2005年3月18日 | UNHCR、アフリカ大湖地域のHIV/エイズ教育に500万ドルの提供を受ける |
| 2005年3月17日 | 隣人の帰還で、将来を思案するソマリア難民 |
| 2005年3月16日 | 欧州開発銀行、バルカン半島諸国の住居計画に資金拠出 |
| 2005年3月15日 | コンゴのジャングルにいるルワンダ難民に支援の手を |
| 2005年3月14日 | 800人をこえるブルンジ難民、武力衝突を恐れ、ルワンダへ避難 |
| 2005年3月11日 | UNHCR、アデン湾の海難事故を受け、対応を呼びかける |
| 2005年3月10日 | UNHCRのリベリア平和構築事業に、日本が300万ドルの資金協力 |
| 2005年3月 9日 | UNHCR、国際女性の日に際し、教育とリーダーシップが難民の少女や女性に不可欠であることを述べる |
| 2005年3月 8日 | アフリカ難民の帰還には引き続き国際的支援が必要、とUNHCRアフリカ局長語る |
| 2005年3月 7日 | UNHCR、取締りが行われる中、難民保護をマレーシア政府に要請 |
| 2005年3月 4日 | コートジボワールの緊張がUNHCRの難民登録に影響 |
| 2005年3月 3日 | 人口調査チーム、パキスタンに逃れたアフガン人をさがす |
| 2005年3月 2日 | UNHCR、庇護申請者は16年間で最低数と発表 |
| 2005年3月 1日 | リベリアの大部分の州に、帰還の安全が宣言される |
| 2005年2月28日 | 高等弁務官代行、スーダン南部のさらなる人道的な窮状を避けるため、早急の拠出を要請 |
| ルベルス難民高等弁務官、UNHCRを去る | |
| 2005年2月23日 | UNHCR、スーダン南部へ帰還する難民に備え、援助チームを派遣 |
| 2005年2月21日 | スーダン難民、状況が許せばすぐにでも故郷への帰還を希望 |
| 2005年2月17日 | ボスニア・ヘルツェゴビナの難民と帰還民を襲う厳寒 |
| 2005年2月16日 | UNHCR、欧州委員会(EC)と二つの協定に調印 |
| 2005年2月15日 | アフガンの帰還民、経済的自立に向けて第一歩を踏み出す |
| 2005年2月14日 | UNHCR、イラク・ヨルダン間の国境地帯にいるクルド系イラン難民を懸念 |
| 2005年2月10日 | ケニアにいる難民への性的暴力をなくす努力を強化 |
| 2005年2月 9日 | 難民の未来を開く、北オセチアの定住事業 |
| 2005年2月 8日 | UNHCR執行委員会議長、チャドとダルフール(スーダン)を訪問 |
| 2005年2月 7日 | UNHCR、アチェ州の被災者のニーズに合わせて仮設住居の問題の解決策を調整 |
| 2005年2月 3日 | ブロックを積み上げるように、新たな生活を築く |
| 2005年2月 2日 | UNHCR、北アフリカ通過移民の調査プロジェクトに着手 |
| 2005年2月 1日 | ギニア政府「難民が帰った後も彼らを受け入れてきた社会を忘れないで欲しい」とルベルス高等弁務官に語る |
| 2005年1月31日 | ルベルス高等弁務官、EUの難民問題への対応向上に向け説明 |
| 2005年1月31日 | オランダの国民郵便番号くじ(NPL)から、使途の指定なしに寄付100万ユーロがUNHCRへ |
| 2005年1月28日 | 津波の生存者、困難な復興作業に直面 |
| 2005年1月27日 | UNHCR、ベトナム、カンボジアとモンタニャードに関する3者協定に署名 |
| 2005年1月26日 | 女優 菊川怜さん、ケニアの難民キャンプで難民の窮状を明らかに |
| 2005年1月20日 | 備蓄倉庫からスリランカの被災者へ支援物資を配給 |
| 2005年1月18日 | ルベルス高等弁務官、アフガン難民の帰還の加速を牽制 |
| 2005年1月17日 | コンゴ民主共和国難民約2万人がウガンダへ逃れる |
| 2005年1月17日 | UNHCR、支援の行き届いていなかった地震・津波被災者約1万2000人に支援 |
| 2005年1月14日 | キプロス:統計の裏にあるねじれ |
| 2005年1月13日 | リベリア難民、コートジボワールから帰還を開始 |
| 2005年1月12日 | 国連の支援国政府に対する援助要請に伴い、UNHCRは津波被災者への援助活動を強化 |
| 2005年1月11日 | UNHCRの援助物資60トン、空路でスリランカに到着 |
| 2005年1月11日 | スーダン難民、歌と踊りで和平協定を歓迎 |
| 2005年1月10日 | スイス政府、UNHCRの援助活動にヘリコプターを提供 |
| 2005年1月7日 | UNHCR、地震・津波被災者の援助に7500万ドルを要請 |
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