2004年 ニュース一覧
| 2004年12月29日 | UNHCR、アチェの被災者10万人に仮設住居を空輸 |
| 2004年12月28日 | UNHCR「津波被災者に惜しみない緊急援助を」 |
| 2004年12月27日 | UNHCR、スリランカの津波被災者を支援 |
| 2004年12月23日 | UNHCR、カブールにいるストリートチルドレンに保健医療を提供 |
| 2004年12月21日 | 別の角度から見る、難民受け入れ国としてのアンゴラ |
| 2004年12月20日 | パキスタンでの難民保護活動を支援 |
| 2004年12月17日 | オーストラリア、ナウル共和国から到着したイラク難民を受け入れる |
| 2004年12月16日 | 難民第一陣が、ガーナからリベリアに向けて帰航 |
| 2004年12月15日 | 南アフリカ共和国の外国人排斥とたたかうスーダン難民 |
| 2004年12月14日 | UNHCR、雨季の始まりにより、2期目のアンゴラ難民の帰還活動を縮小 |
| 2004年12月13日 | 「難民の声」コンサート、ダルフール紛争犠牲者への支援として35万ドル以上を集める |
| 2004年12月10日 | UNHCR、年次拠出誓約会議で、2005年度予算11億ドルを発表 |
| 2004年12月 9日 | アンゴラ難民のボツワナからの帰還時期も終わりに |
| 2004年12月 8日 | ドイツの奨学金が、パプアニューギニアにいる難民の教師育成を支援 |
| 2004年12月 7日 | リベリアで、コートジボワール難民の確認作業が始まる |
| 2004年12月 6日 | 国連ボランティア、パキスタンで開催されたボランティア活動の国際会議に参加 |
| 2004年12月 3日 | スーダン難民、チャドの難民キャンプに落ち着き始める |
| 2004年12月 2日 | ウクライナが難民に新しい住居を提供 |
| 2004年12月 1日 | 難民の女性たちがエイズに立ち向かえるよう支援する |
| 2004年11月30日 | マレーシアのジャングルで生活する難民、警察の取締りを恐れながら厳しい生活を送っている |
| 2004年11月29日 | UNHCR、コートジボワール難民は少しずつ故郷へ帰還していると報告 |
| 2004年11月26日 | UNHCR、マレーシア政府に難民の拘禁(収容)解くよう求める |
| 2004年11月25日 | コロンビアの女性に対する暴力への沈黙を破る |
| 2004年11月23日 | UNHCR、スーダン政府からダルフール北部での活動開始と南部での活動再開を許可される |
| 2004年11月22日 | リベリア、コートジボワール難民の流入は減少したが、物資不足に直面 |
| 2004年11月19日 | リベリア国境付近にいるコートジボワール難民に、水と安全が緊急に必要 |
| 2004年11月19日 | スーダン難民の流入で、ウガンダの資源が限界に、UNHCRが懸念 |
| 2004年11月18日 | 故郷への帰還が生み出す“恋人たちの別れ” |
| 2004年11月17日 | リベリアに逃れたコートジボワール難民数、1万3000人に達する |
| 2004年11月16日 | 先進国における庇護申請者数、引き続き減少 |
| 2004年11月15日 | UNHCR、流入を続けるコートジボワール難民に対応するリベリアを支援 |
| 2004年11月11日 | UNHCR、スーダン政府による行動規制のため、ダルフール地方南部からスタッフを引き揚げる |
| 2004年11月10日 | ルベルス高等弁務官、コートジボワール人の流出はこの地域の不安定化をもたらすと警告 |
| 2004年11月 9日 | コートジボアールの戦闘で、隣国リベリアに難民が流出 |
| 2004年11月 8日 | リベリアの国内避難民、故郷への帰還を開始:ナイジェリアから最初の飛行機による帰還も |
| 2004年11月 5日 | チャドの子ども40%が慢性的な栄養失調 |
| 2004年11月 4日 | カナダ、中央アジアにいるアフガン難民に新しい生活の場を提供 |
| 2004年11月 3日 | チェチェンとベルギー難民―多くの共通性、90年間の時を経ても |
| 2004年11月 2日 | UNHCR、ダルフール地方とチャドの難民キャンプでの治安悪化を懸念 |
| 2004年11月 1日 | もう一つの選挙:シエラレオネでリベリア難民が意思表示 |
| 2004年10月29日 | 「ノアの箱舟号」、コロンビアの紛争地帯にある川を航行 |
| 2004年10月28日 | 受け入れ社会の人々が自国に帰る“兄弟”や“姉妹”を見送る |
| 2004年10月27日 | 親善大使、ダルフールの子ども達の苦境を悲しみ、安全の確保を呼びかける |
| 2004年10月26日 | UNHCR、庇護希望者を乗せた船を受け入れたイタリア政府の決定を歓迎 |
| 2004年10月25日 | ヨルダン緩衝地帯での希望と悲しみ |
| 2004年10月22日 | UNHCRの最新の勧告で、イラクへの強制送還に強く反対 |
| 2004年10月21日 | UNHCR、ダルフール西部での活動を拡大 |
| 2004年10月21日 | 今週、コンゴ民主共和国難民の自主帰還を開始 |
| 2004年10月19日 | ダルフールで避難民を保護するのは依然困難 |
| 2004年10月18日 | UNHCR、パキスタンにある婦人病院へ医療機器を寄付 |
| 2004年10月15日 | ソマリアの新大統領、ケニアのダダーブにいるソマリア難民へ希望をもたらす |
| 2004年10月13日 | 難民キャンプの設置はエベレストに登るようなもの |
| 2004年10月12日 | コンゴ民主共和国難民の帰還を許可 |
| 2004年10月10日 | 日本政府、チャドにいるスーダン難民へテント700張を提供 |
| 2004年10月 8日 | コンゴ民主共和国難民、ブルンジからの帰還許可を待つ |
| 2004年10月 7日 | UNHCR、雨期を目前にアンゴラ難民の帰還支援を強化 |
| 2004年10月 6日 | 高等弁務官、無国籍者問題解決の模範国としてウクライナとスリランカを挙げる |
| 2004年10月 5日 | チャド東部アドレからファルチャナ・キャンプへ難民を移送 |
| 2004年10月 4日 | ルベルス高等弁務官、第55回UNHCR執行委員会でUNHCRの活動状況や課題について述べる |
| 2004年10月 1日 | チャド東部にある難民キャンプの治安の改善に一層の努力を傾ける |
| 2004年9月30日 | ルベルス高等弁務官、紛争で犠牲となったダルフール人に対するNGOの活動を称賛 |
| 2004年9月29日 | 高等弁務官、ダルフール避難民の保護に対するUNHCRの役割拡大について概要を発表 |
| 2004年9月28日 | UNHCR、チャドに10か所目のキャンプを開設 |
| 2004年9月27日 | 高等弁務官、ダルフールの信頼を回復するには暴力をなくす必要があると述べる |
| 2004年9月24日 | ブルンジの新設キャンプで、難民受け入れが始まる |
| 2004年9月23日 | アフリカ連合大使らがシエラレオネで難民と対面 |
| 2004年9月21日 | ボスニア・ヘルツェゴビナへの帰還者数が100万人に達する |
| 2004年9月20日 | モジャーン高等弁務官補、スカウトの難民への取り組みを評価 |
| 2004年9月17日 | UNHCR、アンゴラ難民の帰還ペースが予想より低調と発表 |
| 2004年9月15日 | ブルンジの国境付近にいるコンゴ民主共和国難民の移送を開始 |
| 2004年9月13日 | 高等弁務官、へラートでの暴力事件を憂慮 |
| 2004年9月 7日 | ブルンジから多数のコンゴ民主共和国難民が帰還 |
| 2004年9月 6日 | 新生活に期待を抱き、パキスタンを離れるアフガン難民 |
| 2004年9月 3日 | UNHCR、ダルフールの帰還民、治安の状態は依然不安定であると報告、拠出要請を上方修正 |
| 2004年9月 2日 | ダルフール地方で見捨てられた子供たちの写真展がマドリッドで開催 |
| 2004年9月 1日 | UNHCR、難民登録の「向上(ProGres)」を狙う |
| 2004年8月31日 | 先進諸国における庇護希望者数、1987年以来過去最低に:UNHCR発表 |
| 2004年8月30日 | ギニア:ある帰還の終わりと新たな帰還の始まり |
| 2004年8月27日 | UNHCR、スーダン難民の帰還には治安の安定が必要と報告 |
| 2004年8月26日 | UNHCR、チャドに到着したスーダン難民をキャンプに移送 |
| 2004年8月24日 | UNHCR、コソボの庇護希望者や難民保護の必要性に関する新たな文書を発行 |
| 2004年8月23日 | スーダン当局、UNHCRの報告を受けダルフール地方の治安の改善を公言 |
| 2004年8月20日 | 治安が回復しない場合、ダルフール国内避難民3万人が、チャドへ流入の恐れ |
| 2004年8月19日 | UNHCR、困難にもかかわらずイラクでの事業を進める |
| 2004年8月18日 | UNHCR、コンゴ民主共和国難民の移送を進める |
| 2004年8月17日 | スーダン難民がチャドへ新たに流入 |
| 2004年8月16日 | ブルンジでの襲撃後新たに到着するコンゴ難民にキャンプを設置 |
| 2004年8月13日 | UNHCR、豪雨の中スーダン難民を支援 |
| 2004年8月11日 | UNHCRと協力団体、チャドの水問題の解決策を模索 |
| 2004年8月10日 | ダルフールの国内避難民の村への帰還は自発的に、UNHCRが懸念 |
| 2004年8月 9日 | ウガンダの学校で勉強を続ける難民の子どもたち |
| 2004年8月 6日 | UNHCR、ブルンジ国境付近からコンゴ難民を移送 |
| 2004年8月 5日 | 新しい学校がシエラレオネにいる難民たちを結ぶ |
| 2004年8月 3日 | UNHCR、世界最悪の人道的危機にあるスーダンへ |
| 2004年8月 2日 | コロンビア北部パラダイス部落でUNHCRが支援する身分証明書の発行が始まる |
| 2004年7月30日 | UNHCR、チャドの国境沿いにある主な町から難民の移送を終了 |
| 2004年7月28日 | 帰還民、アフガニスタンにあるショマリ平原地域の再興に助力 |
| 2004年7月27日 | UNHCR、チャドにある暴力事件の起きたキャンプで活動を再開、また国境沿いの町からの移送を終了 |
| 2004年7月26日 | シエラレオネ:ある難民の家族の帰還 |
| 2004年7月23日 | チャド:援助団体、問題の起こったキャンプで活動を再開 |
| 2004年7月22日 | UNHCR、暴力事件のおきた難民キャンプの状況を憂慮 |
| 2004年7月21日 | UNHCRの支援する帰還が終了、シエラレオネ難民を乗せた最後のトラック隊が出発 |
| 2004年7月20日 | 豪雨がチャドのバハイ地域での難民支援に影響 |
| 2004年7月16日 | チャドの深刻な栄養失調には包括的な対処が必要 |
| 2004年7月15日 | 雨季が到来、雨と砂嵐がチャド北東部を襲う |
| 2004年7月14日 | 避難生活の経験をもつイラクの新難民担当大臣、決意を持って課題に臨む |
| 2004年7月13日 | UNHCR、9番目のスーダン難民キャンプを新規開 |
| 2004年7月12日 | UNHCR、ドイツの新移民法には難民保護の進歩が見られると語る |
| 2004年7月 9日 | ダルフール地方からの難民流入が継続、更なる支援が必要 |
| 2004年7月 8日 | 緩衝地帯で厳しい生活を送る子どもたち |
| 2004年7月 7日 | ウクライナにいる難民に旅行証明書が発行される |
| 2004年7月 6日 | チャド東部では、豪雨により、援助活動が難航 |
| 2004年7月 5日 | UNHCR、国境付近のキャンプを閉鎖するためアフガン国内避難民の移送を開始 |
| 2004年7月 2日 | 「平和的な解決が見出されなければならない」、アナン事務総長、語る |
| 2004年7月 1日 | エチオピアにある世界最大の難民キャンプが閉鎖 |
| 2004年6月30日 | 難民のサッカーチーム、スポンサーを募集 |
| 2004年6月29日 | 高等弁務官補、スーダン南部への帰還事業に9000万ドルが必要と伝える |
| 2004年6月28日 | UNHCR、西サハラ難民の家族訪問の継続に210万ドルの拠出を要請 |
| 2004年6月25日 | UNHCR、スーダンのダルフール地域にいる避難民へ支援を開始 |
| 2004年6月24日 | 新規国境の開設でブルンジ難民の帰還への関心が高まる |
| 2004年6月23日 | クルド難民、新規開設の国境からイラクへ帰還 |
| 2004年6月22日 | ダルフールからのスーダン難民、チャドで「世界難民の日」を祝う |
| 2004年6月21日 | UNHCR、第50回ナンセン賞授賞式を開催 |
| 2004年6月18日 | 「世界難民の日」を機に、難民問題をより身近に |
| 2004年6月11日 | UNHCRと富士メガネとのパートナーシップ、20年に |
| 2004年6月11日 | コンゴ難民3000人以上がブルンジへ避難 |
| 2004年6月10日 | UNHCR、ブルンジに到着するコンゴ難民の報告を調査 |
| 2004年6月 9日 | 継続的な空輸により1700トンの物資がチャドに到着 |
| 2004年6月 8日 | UNHCR、コンゴの戦闘が難民支援活動に及ぼす影響を懸念 |
| 2004年6月 7日 | アンジェリーナ・ジョリー、ダルフール難民に緊急資金が必要と強調 |
| 2004年6月 4日 | 2004年初頭の統計で庇護希望者数が激減と報告 |
| 2004年6月 3日 | 高等弁務官、ダルフールからの難民は危機に瀕していると警告 |
| 2004年6月 2日 | UNHCR、コンゴ・ブカブからルワンダへの難民流入に備える |
| 2004年6月 1日 | ダルフールからの流出が続く中、8万人以上をチャド国内に移送 |
| 2004年5月28日 | スーダン難民、平和への展望に歓喜 |
| 2004年5月27日 | UNHCR、スーダン南部の和平にむけた「前進」を歓迎 |
| 2004年5月26日 | パレスチナ人、キャンプを出てバグダッドに向かう |
| 2004年5月25日 | UNHCR、チャド東部へ更なる人道上の空輸を始める |
| 2004年5月21日 | 高等弁務官、暴力と窮状があらたにダルフール地方の移動を誘発すると伝える |
| 2004年5月21日 | 雨季が明け、アンゴラ難民の帰還、再び勢いを増す |
| 2004年5月19日 | コート・ジ・ボアールで座礁したリベリア難民に救援が向かう |
| 2004年5月18日 | イランからイラクへの帰還移送を再開 |
| 2004年5月17日 | UNHCR、支援の終結に向けシエラレオネ人の帰還を促す |
| 2004年5月14日 | UNHCR、チャドにいるスーダン難民援助への時間と資金に限界と警告 |
| 2004年5月12日 | UNHCR、チャド東部支援事業で抱える問題を懸念 |
| 2004年5月10日 | UNHCR、今年のアフガン難民の予想帰還者数を増やす |
| 2004年5月10日 | パプア・ニューギニアで難民の子供たちが合法的な身分証明書を与えられる |
| 2004年5月7日 | ウガンダにいるスーダン難民への支援、間もなく到着 |
| 2004年5月6日 | 高等弁務官、西アフリカ諸国歴訪を終え、リベリア支援を訴える |
| 2004年5月5日 | イランを発つ前にもめ事を解決するアフガン難民 |
| 2004年4月30日 | ロシアのNGO、ナンセン賞を受賞 |
| 2004年4月29日 | エリトリア難民、雨期の到来前に急いで帰還 |
| 2004年4月28日 | イラク国内の治安が不安定なため、人道支援活動に支障 |
| 2004年4月27日 | スーダン難民のチャドへの流入が続き、食糧不足が危惧される |
| 2004年4月26日 | UNHCR、リベリアの事務所を再開 |
| 2004年4月23日 | 反政府勢力の襲撃から逃れるウガンダ住民と難民 |
| 2004年4月22日 | UNHCR、コンゴ民主共和国内のアンゴラ難民に対し懸念を表明 |
| 2004年4月21日 | 子育てと勉強の両立に励む難民女性 |
| 2004年4月20日 | スーダン難民3万1000人をチャドへ移送 |
| 2004年4月19日 | ルベルス高等弁務官、アフガン難民の帰還の動きは依然として力強い、と語る |
| 2004年4月16日 | ルベルス高等弁務官、難民帰還についてアフガニスタン大統領と会談 |
| 2004年4月16日 | 資金不足がリベリア難民やスーダン難民の支援活動を妨げに |
| 2004年4月15日 | UNHCR、赤十字、マイクロソフト社のイニシアチブで、ロシアにいる難民にIT技術を提供、希望を与える |
| 2004年4月15日 | ルベルス高等弁務官、次の訪問地カブールに到着 |
| 2004年4月14日 | ルベルス高等弁務官、帰還事業についてイラン政府、アフガン難民と会談 |
| 2004年4月13日 | 高等弁務官、3か国歴訪、最初の訪問地であるテヘランに到着 |
| 2004年4月8日 | 「ブルンジ難民の帰還は、アフリカにおける今年最大規模の帰還となるだろう」とUNHCR職員語る |
| 2004年4月7日 | 大虐殺から10年。和解と再建に向け、ルワンダ人が帰還 |
| 2004年4月6日 | 難民の間で湧き上がる希望と驚き |
| 2004年4月5日 | ルワンダ大虐殺から10年を振り返る |
| 2004年3月30日 | コロンビア西部の衝突で1500人以上が避難 |
| 2004年3月29日 | ルベルス高等弁務官、EUの庇護指令草案に懸念を表明 |
| 2004年3月26日 | リベリア帰還民に教育を受けさせるため、リベリア人教師が帰還 |
| 2004年3月25日 | UNHCR、チャド・スーダン国境沿いで移送計画を拡大 |
| 2004年3月24日 | UNHCR、ANAヨーロッパ主催のコンサートで集められた寄付金を受け取る |
| 2004年3月23日 | UNHCR、パキスタン国内の難民キャンプ1ヶ所を閉鎖 |
| 2004年3月22日 | 「世界水の日」を迎えて |
| 2004年3月19日 | スーダン難民、チャド北東部の新たな土地で支援を受ける |
| 2004年3月18日 | UNHCRがスーダン南部への帰還に道を開く際、「安全確保が最重要」である、と難民女性訴える |
| 2004年3月17日 | モジャーン高等弁務官補、バルカン半島を訪問し、虐殺の犠牲者を追悼する |
| 2004年3月16日 | UNHCR、パキスタン国内でのアフガン難民帰還計画を拡大 |
| 2004年3月15日 | ジョリー親善大使、『ヨルダン日記』で避難民や絶望した人々の声を伝える |
| 2004年3月12日 | チャド国境付近への襲撃激化のため、UNHCR、スーダン難民を大至急移送する |
| 2004年3月11日 | 今年最大数のエリトリア難民が母国へ帰還 |
| 2004年3月10日 | 住宅プロジェクトで、枝作りの小屋からレンガの家へ |
| 2004年3月9日 | ジョリーUNHCR親善大使、率先してチャド緊急支援に寄付 |
| 2004年3月8日 | アフリカ難民の帰還のための対話会議が開催 |
| 2004年3月5日 | 高等弁務官、チャド緊急支援の資金増額を拠出国に訴える |
| 2004年3月4日 | ザンビア西部に根付き始めた草の根プロジェクト |
| 2004年3月3日 | 高等弁務官、チャドとスーダン西部ダルフール地方にいるスーダン難民・国内避難民の即時帰還は困難と語る |
| 2004年3月2日 | チャド大統領、過去の支援に報いる時だと、高等弁務官に語る |
| 2004年3月1日 | UNHCR,ジブチから帰還したソマリア難民支援のため拠出を求める |
| 2004年2月27日 | アフリカ難民200万人以上が数年以内に帰還できる見通し |
| 2004年2月26日 | 多くのリベリア難民、自発的に帰還 |
| 2004年2月25日 | 緩衝地帯に今なお残り途方にくれる難民たち |
| 2004年2月24日 | ルベルス高等弁務官、先進国における庇護申請数の減少を歓迎 |
| 2004年2月24日 | ルベルス高等弁務官、チャドのスーダン難民を訪問 |
| 2004年2月23日 | UNHCR、タジキスタンにいる難民の情報を更新 |
| 2004年2月20日 | 多数のスーダン難民、チャド国内3番目のキャンプへ移動準備 |
| 2004年2月18日 | ブルンジへの帰還民、2004年最初の6週間で1万人を超える |
| 2004年2月13日 | チャド東部のスーダン難民へ支援物資を緊急空輸 |
| 2004年2月13日 | UNHCR、アフリカ難民の帰還に関する会議を主催 |
| 2004年2月12日 | アフガン国内避難民、現地視察訪問を開始 |
| 2004年2月11日 | UNHCR、ボスニアの庇護制度作りを支援 |
| 2004年2月10日 | スーダン難民、帰還の見込みに複雑な心境 |
| 2004年2月9日 | UNHCR、スーダン難民の紛争地区からの避難を開始 |
| 2004年2月6日 | UNHCR、チャド国境沿いにいる難民の移動を開始 |
| 2004年2月5日 | モンテ・カルロ ラリーでUNHCRドライバーに小切手 |
| 2004年2月4日 | ヨーロッパ域内の難民に対する否定的な認識に挑戦する写真展 |
| 2004年2月3日 | UNHCR、チャドの国境沿いにいるスーダン難民1万人を移送 |
| 2004年1月30日 | UNHCR、スーダン難民の援助に拠出アピール |
| 2004年1月29日 | スーダン難民が避難するチャド国境付近、空爆される |
| 2004年1月28日 | タンザニアからブルンジへ難民帰還のため、越境地点が新設 |
| 2004年1月27日 | UNHCR高等弁務官補、コロンビア避難民に支援継続を表明 |
| 2004年1月26日 | ジョリー親善大使、ロシア連邦訪問日記をインターネットで公開 |
| 2004年1月22日 | ルベルス高等弁務官、EUで浮上する庇護問題に注意を喚起し、対策を提案 |
| 2004年1月19日 | UNHCR、熟練外交官の副高等弁務官を歓迎 |
| 2004年1月16日 | コソボの帰還民、生活再建に取り組む |
| 2004年1月15日 | UNHCR、エチオピアからの難民流出を調査 |
| 2004年1月14日 | 西サハラ難民、電話の登場により生活に変化 |
| 2004年1月13日 | イランの地震で生き残ったアフガン難民、帰還へ |
| 2004年1月12日 | 救助されたリベリア難民、増加する帰還民の集団に加わる |
| 2004年1月9日 | UNHCR職員、チャドでスーダン難民から残虐行為の報告を受ける |
| 2004年1月5日 | UNHCR、スーダン南部への帰還の下準備を開始 |
| 2004年1月2日 | スーダン難民、UNHCRの地方展開に従いチャドへ避難を続ける |
| ↑このページのトップへ | |